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土の中から掘り出したガラスびんを研究してます


by HBC-BOW
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「脳丸」大びん。

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便秘薬の「毒掃丸」で有名な山崎帝國堂の「脳丸」。全長90mm。

「頭脳の不完全なる者は馬鹿であります」の名キャッチでも有名である。


「脳丸」大びん。_d0110641_225436100.jpg

創業者山崎嘉太郎は、1888年(明治21年)、東京市神田区花房町に
売薬化粧品商・山崎帝國堂薬房を創業。
その後、東京の支舗山崎太陽堂、大阪の支舗山崎兄弟商会や九州支舗を
設立するなど次々に業容を拡張し、全国展開を進めていった。


「脳丸」大びん。_d0110641_2256062.jpg

日本においては、明治維新に漢方から西洋医学に劇的に転換したことを
境に、伝統医学と現代まで指示される西洋医学が激しく断裂した。


「脳丸」大びん。_d0110641_22572637.jpg

明治期に入り精神病や脳病、神経衰弱という病が、人々の間で一般化した
背景には、人々の身体感覚が漢方の五臓六腑説から西洋医学の唯脳論へ
移行していった経緯がある。
漢方では人間の体は、全身を気血水が循環するシステム「経路と五臓六腑」
によって統合されていると考えられていたので、神経系や脳についての
知識をまったく持ち合わせていなかった。
しかし、これが幕末の一般人の知識であった。

江戸から明治へと移り変わり、身体観が五臓六腑から唯脳論へ移行した
ことによって祟りや狐憑きといった身体感覚が脳の病として
捉えられるようになる。
このような新しい病の定着にこの「脳丸」や丹平商会の「健脳丸」などの
広告がおおいに一役買っていたようだ。
もちろん、このインパクトある図像によって、イメージのリアリティを
いっそう増大させていったのである。


「脳丸」大びん。_d0110641_22563158.jpg


この中身入り「脳丸」の大びんは、ハワイの友人のボトルコレクターから
譲り受けたと云う日本の方から、譲って頂いた。

もしかすると、この「脳丸」はハワイを渡って、日本へ帰って来た
里帰りボトルなのかも知れない。
ハワイには、古い日本のびんたちが数多く眠っているようだ。







出典:「心の病の日本近代」 青野有香里
by hbc_nkzk2 | 2011-07-08 23:11 | 薬びん