魅惑の神薬-2
2010年 07月 09日

効能:霍乱(かくらん/日射病)、腹痛、虎狼痢(コロリ=コレラ)、眼病、
頭痛、食欲不振、通風、破傷風、手足筋引きつり、めまい、産前産後の
血の道、小児疲疳(慢性消化器障害)、驚風(脳膜炎)、百日咳、虫一切、
痘瘡(天然痘)、麻疹の節によし、切り傷、突疵、打身、虫歯、
牛馬急病疵所に用いてよし

明治10年西南戦争のおかげで「神薬」の売れ行きは、かなりのものであった
と云う。
この戦役において「山内資生堂」は、「神薬」で大いに財をなしたと
伝えられる。
しかもこれを契機に明治中頃には、一種の「神薬」ブームが起こったそうだ。
しかし、明治40年代に入ると、この万能薬も他に台頭してきた売薬に押され、
次第にその姿を潜めるようになる。
しかも、当時の政府は「売薬」を抑圧し、漸次万能薬を特効薬へと改良淘汰して
行く方針を打ち出した。これはまさに売薬の撲滅が本旨であった。
さらに、「神薬」における重要な人物である「松本順」「佐藤尚中」「林紀」と
云う西洋医学の匆々たる後ろ盾が、明治15〜40年の間に他界してしまう。

このような要因から明治後期には、「万能薬、神薬」の姿は次第に姿を
消しつつあった。
ところが、こうした時期と前後して、その後「神薬」は全国各地へと散らばって
行き、「配置売薬」へと姿を変え、その後の大正、昭和期にかけては、
主に「置き薬」として生き残る運命を辿る。
それも従来の万能薬ではなく、新たな「気付け薬」としてであった。

大正期に入ると、政府の和薬に対する方針の緩和もあり「置き薬」の巻き返しに
ともない「神薬」は庶民の人気商品へと着実にその地位を築いて行った。
「置き薬」として行李(こうり)に納められ、大きな風呂敷に包まれ、
売薬商人の背中に担がれて、全国各地へと運ばれて行ったのである。
かくして「神薬」は、昭和期に入り配置薬として不動の地位を築くに至ったが、
第二次世界大戦の勃発によって、原料配給や価格統制の影響を受け、さらに
処方統一化もあって、再び「神薬」メーカーは急速に衰退して行くことになる。

そして、前述したように昭和51年に厚生省から出された配合主成分エーテル・
クロロホルム使用禁止の勧告を受け、庶民の人気商品「神薬」は、
一気に市場から姿を消して行ったのであった。
所蔵すべて:奥沢ニコニコ団
出典と云うより、ほとんど抜粋:
謎の売薬「神薬」(第一部〜二部) ボトルシアター館長 庄司 太一
by hbc_nkzk2
| 2010-07-09 22:38
| 神薬

